FC2ブログ

記事一覧

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

綿引勝美の平田弘史先生回想記(Vol.7)

画稿のコピーから文字を切り抜く

 青年漫画誌を創刊した出版社は、それ以前に大衆小説誌を発行していた。世はあげてビジュアル時代。その増刊号として青年漫画誌は誕生する。そうした状況もあり、青年漫画誌に掲載した劇画や漫画のフキダシ内の文字(ネーム)は明朝体が使われるのが普通だった。
 それに対し少年漫画誌の場合は、アンチック体という太目の文字を使っていた(ただし平仮名のみ。漢字はゴシック体)。少年の読者の目の健康を考えてともいわれるが、むしろ漫画の絵とのバランスを見ての選択だったと思われる。
 かつて、ネームは写真の印画紙に文字を焼き込んだ写植(写真植字)を、編集者が一つ一つ切り貼りしていた。この写植の文字盤を作るメーカーに写研とモリサワがあり、同じアンチック体といっても微妙な違いがあった。コミックス化した際には、書体のバラつきは違和感が生じるため、それぞれのメーカーの書体で統一しておく必要がある。ところが、パソコンの普及とともに異変が起こる。当時、写研が書体の権利を守るため、パソコンのフォント化を拒否したことで、その写植を貼った古い画稿の修正が難しくなったのだ。
 その悲劇が現実化したのが、平田弘史の『武士道無惨伝』(原作/滝口康彦、小池書院、2009年)をまとめた際のこと。写植の焼けや誤字脱字の修正ができないのだ。似た書体を入れても違和感が生まれてしまう。そこで苦肉の策。ネームのある画稿を原寸コピーし、必要な文字を切り貼りすることを思いついた。何度もコピーを眺めながら切り抜く文字を探す。やがて平田が描いた一コマ一コマが頭に焼きつき、改めて平田の計算されきったコマ運びに感動した。製本仕立ての1冊を見た時の喜びは何にも替えがたいものだった。

hira_kiji_vol7_01.jpg
▲「悲運の果て」より(『武士道無惨伝』原作/滝口康彦、小池書院、2009年)
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。