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綿引勝美の平田弘史先生回想記(Vol.12)

平田弘史の「武士」への拘り

 60年代の終わり頃、人気となったテレビ時代劇に『三匹の侍』がある。丹波哲郎、平幹二朗、長門勇の三人が、訳ありの浪人や農民あがりの浪人など、いずれも個性的な「侍」を演じて評判となった。
 「侍(さむらい)」は「さぶらい」が変化して生まれた語だ。「さぶらい」は、貴人や敬うべき人の側に控えている者のことをいう。それに対して「武士」とは? 『日本国語大辞典』(小学館)には、「武芸を習い、主として軍事にたずさわったもの」のことをいうとある。さらには「さむらい」、「もののふ」、「武者」、「武人」といった言い換えの例もあげられている。
 「侍」=「武士」という感覚が一般化しているのが昨今の事情のようだ。『平田弘史 超絶サムライ画の描き方』(玄光社)で「武士画」とせず「サムライ画」と表記したのも、その辺りの事情をくんでのこと。加えて海外に於いても「SAMURAI」として知られていることもある。願わくば、この1冊、アメリカ、ヨーロッパの画家たちにも目を通してもらいたいのだ。
 しかし、平田弘史は「武士」に拘りがある。刀槍などを扱い、ギリギリのところで命のやりとりをせざるを得ない者達のドラマは、「さぶらふ者」では描けないと、私に話してくれた平田。平田劇画のリアリティーは、そんな平田の「武士」に対する拘りから生まれていると、改めて思い知らされた。
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